未だ名もなき
1/10ページ
昨年の冬頃からだろうか。不穏な噂が人々の口に上がり始めたのは。
各地で、魔物達が人間を襲うようになったのだという。
昼は、人間の世界。
夜は、魔物の世界。
太陽を境界線として、光と闇の二つの世界は長い間一線を引いて共存してきた。
それが近頃、日が出ている時間帯でも魔物が出現するようになった。挙句、人間を襲うようにもなった。
これはきっと、何か好くない事が起こる予兆に違いない。
もしかしたら、遥か古よりアルヘレナに言い伝えられてきた伝説の魔王が蘇ったのではないか。
そんな暗い噂は、瞬く間のうちにアルヘレナ全土に広がった。
そして、もう一つ。
こんな希望もまた、アルヘレナに生きる人々の間には生まれていた。
魔王が目覚めたのなら、世界の何処かでまた、魔王を倒せる勇者が生まれているはずだ、と。
光と影は表裏一体。どちらが欠けても、双方は存在出来ない。
魔物に襲われる恐怖に耐える日々を送りながら、アルヘレナの人々はただ、何処にいるかも分からない、それこそ存在すら危ぶまれる勇者の出現を希望に、いずれ訪れるであろう絶望の影から身を守っているのだ。
***
【次へ】//【戻る】