未だ名もなき
2/10ページ
「…はぁ」
その勇者とはずばりお前達だと、相対する長老に言われたザイの、それが第一声だった。
「…ザイよ。もっとまともな反応が出来んのか、お主は」
あまりにもリアクションの薄いザイことザイファーラ=ユヒトに、御年めでたく六十歳を迎えられるメレハ村の長老は、呆れの溜め息をついた。
「いきなり『お前は伝説の勇者だ』、なんて言われたってさ」
実感が湧くわけがないと、軽く肩を竦めるザイ。
だいたい、実感云々の前に、その伝説の勇者って何だって話だ。御伽噺でもあるまいに、現実にそんなものが存在してたまるか。
「昨晩、ヴェーラ様のお告げが下ったのじゃ。なれば、それが真実よ」
村の守り神、女神ヴェーラは予言の神。万物の大神であるシュリナルクの傍らに控え、地上の人間達に大神の言葉を告げるのだという。
その女神ヴェーラのお告げは、村人にとっては絶対だった。それは疑う余地のない真実であり、そもそも疑うという思考回路にすら繋がらない。
絶対不可侵の理。それが、女神ヴェーラのお告げだった。
「…はぁ」
そこまで言われて、それでもザイの反応は変わらなかった。同じように曖昧に、然れどそこには先程とは決定的に違う感情を孕ませて、吐息に似た相槌を打つ。
「ヴェーラ様は仰った。其方達二人が、この世界を魔王から救える勇者だとな」
ザイの反応を咎める事を既に諦めてしまったのか、ゴホンとわざとらしく咳払いを一つした長老は、勝手に話を進めてしまう。
「だから、よいか、二人供。準備が整い次第、旅に出るのじゃ」
いや、その接続詞がよくわからない。
ヴェーラのお告げが下った。→勇者は俺達らしい。→旅に出ろ。
おかしいだろう、明らかに。何処から?もちろん、勇者云々からだ。
ザイとて、この村で暮らして既に十八年だ。毎日の生活の中で、そういった信仰というものには否という程触れてきた。
神がいないと言うつもりはない。
神の存在を実証できない事は、イコール神がいない事にはならないからだ。
それでも、ザイはそれが全てだとは思えなかった。
人が神の操り人形ならば、何故思考力がある?
例え先が見えずとも、少なからず考え行動する能力を与えられているのならば、己の人生は己で選んでしかるべきだ。
ヴェーラが勇者だと言った。
『だから、俺達は勇者なのだ』とは、絶対にならない。そんな接続詞は、脳内の片隅からだって出てきやしない。
勇者になるかどうかは、俺が決める。
【次へ】/【前へ】