未だ名もなき

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「二日あれば充分であろう。この狭いメハレ村を出て、己の目で広い世界を見るがよい。その中で、新たな出会いもあろう」
 長老の言葉が頭上を通り過ぎていく。
 ザイは、欠伸を堪えるのに必死だった。
 つまりは、あれだ。何だかんだと尤もらしい理由をつけてみたが、要は面倒臭いのだ。
 その一言で、全てが片付く。
 それが、ザイファーラ=ユヒトという人間だった。
 燃えるような真紅の髪は伸びるに任せて既に腰辺りまできてしまっているし、前髪から覗く、髪と同色の切れ長の双眸は常に眠たげで、覇気というものが感じられない。
 趣味は惰眠を貪る事。
 一番幸せと感じる時間は、寝ている時。
 そんな、やる気とは無縁の生活を送っている彼に、そもそも勇者などという、明らかに気力がいる職業など間違い以外の何物でもない。でなければ、それこそ神の八つ当たりだ。
 きっとそうに違いないと、ザイは相変わらずの眠たげな表情の下で己の推測を確信する。
 魔王が蘇ったという話が真実かどうかなど知る由もないが、少なくとも混乱をもたらした世界の異変に畏怖した人々は毎日何かしら神に祈っている。
 毎日毎日飽きる程届けられる人間の『お願い』に蓄積されていく鬱憤を晴らす為の手段として、俺達は選ばれたのではないか。
 これ、間違いなし。
「…理不尽だ」
 眉間に皴が刻まれ、無意識のうちに言葉が零れる。
「ザイ。何をそんな難しい顔をしておる」
 一人歩きをしだした話を一旦止めた長老が、渋面を作っている青年に気付いて声を掛ける。
「別に」
 自身の中に在る考えなど口にしようものなら数時間にも及ぶ説教が待っている事など過去の経験から学んでいるザイは、律儀に応えてやる程できた人間ではない。
「お前はどう思う?」
 動かされた真紅の双眸は、目の前に座る長老を通り過ぎて己の傍らに固定される。そして、そんな質問を今まで黙って長老の話を聞いていた友人に投げかけた。
 つまり、指名されたもう一人の勇者に。


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