未だ名もなき
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「うううううぅぅ……」
長老に問われたもう一人の青年は、こみあげる涙をあえて拭おうともせず、俯いて肩を震わせた。
「こ、これ…
どうしたというのじゃ?リシャール…」
「ちょ…長老様ぁぁぁ〜〜〜!!」
リシャールは、長い両腕で小柄な長老の身体をがっしりと抱き締めた。
「お、おいっ!苦しいではないか。
落ち着け!どうしたのじゃ?!」
「長老様!これが落ち着いていられますか!
世界を救う伝説の勇者にこの私が選ばれるなんて…
あぁ、なんと光栄なことでしょう…
長老!私はこの命に代えても魔王を倒し、この世界を…この世の人々を必ずや幸せにしてみせます!
ヴェーラ様…!
この私をお選び下さって、本当に…本当にありがとうございます…うぅぅぅぅ…」
リシャールは天を仰いでそう叫ぶと、その場に崩れ落ちるように倒れこみ、滝のような涙を流し始めた。
(な、な、なんなんだ…こいつ…
熱い…熱過ぎる…
だいたい、なんでこうすんなりと伝説の勇者を受け入れるんだ?!
普通はもっとこう…なんかあるだろ…)
感涙にむせぶリシャールを横目で見ながら、ザイは眉間に皺を寄せる。
「……そうだ!こうしてはいられない!
早速、旅支度を整えなければ…!」
リシャールは、突然すっくと立ち上がりそう呟くと疾風のようにその場を去って行った。
そこに取り残されたのは、あんぐりと大きな口を開けるザイと長老…
「……ま、まぁ、良い。
あのように行動的な奴が一緒だとお主も安心ではないかな?」
「長老…あれは行動的ってんじゃないぞ。
意味不明だ。ちょっとおかしいぞ。
あんなのと一緒じゃ、うまくいくもんもきっとうまくいかない。
どうしても行かなきゃならないっていうのなら、俺は一人で行く。」
「そうはいかん。
女神ヴェーラはお主とあのリシャールの二人を勇者だと告げられたのじゃ。
二人という所にきっと何か意味があるのではないかと思う。
だからこそ、一人で行くという事など許されんのじゃ。
それに、考えてもみよ。
リシャールの家は、このあたりでも知らぬ者がおらん程の資産家じゃ。
一緒にいたら、なにか良いことがあるかもしれんぞ。」
そう言ってにやりと微笑む長老の瞳が妖しく光った。
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