未だ名もなき

5/10ページ

「お、お待たせ致しました〜〜〜!」

髪を振り乱し、走り込んで来たのは先程出て行ったリシャールだった。



「どうした、リシャール…何か、忘れものか?」

「何をおっしゃっているのです。
旅支度が整いました故、戻って参ったのです。
さぁ、ユヒト殿、早速、出立致しましょう!」

「お、お、おいっ!待てっ!
俺はまだ何も…」

「ご安心下さい。
全て二人分、用意して参りました。」

「用意っ…て?…何もないじゃないか…」

「荷物は、馬車に載せてあります。」

「ば、馬車?」

長老とザイが窓の外をのぞくと、そこには十台程の黒塗りの馬車が乗り付けてあった。
どの馬車にも屋根の上にまで荷物が積まれている。



「おぉっ!すげぇ!立派な馬車だな!
あれなら快適な旅が出来そうだ!
俺、メハレ村からほとんど出たことがないんだ。
一番遠くでも隣村しか行ったことがないからなぁ…
俺、実は一度で良いから都会に行ってみたかったんだ〜」

ザイはすっかり旅行気分に浮かれていた。



「リシャール…
まさかとは思うが、お主、馬車で旅に出るつもりなのか?
それもあんな大荷物と従者を連れて…」

「はいっ!そのつもりです!」



「………ぶ、ぶ、ぶ、ぶわかものーーーーーー!!!」

いつもは温厚な長老が真っ赤な顔をして大きな怒鳴り声をあげた。



「良いか、其方たち!
勇者というものはだな…」

長老の熱のこもった説教は、止まることを知らず…
延々と、次の朝まで続いた…



「わ…わかったか…?」

喋り疲れた長老が、青い顔でリシャールに問う。



「は、はいっっ!
私が考え違いをしておりました。
長老様、どうか、どうかこの愚かな私めをお許し下さい〜〜〜!!」

リシャールは、長老の足元にとりすがり涙を流す。



「わかったら良いのじゃ。
それで、ザイ……
ザイ…?!」

ザイの身体はゆっくりと舟を漕ぐ…
不審に思った長老がザイに顔を近付けると、瞼に描かれた瞳を発見した。



「ザイ〜〜〜〜ッッッ!!」

長老のおさまりかかっていた怒りが再び爆発した。



「な、なんだ?
何がどうした?」

長老の怒鳴り声で目を覚ました寝ぼけ顔のザイに、長老は深い溜息を吐く。



(ヴェーラ様…本当にこんな二人で大丈夫なのでしょうか?)

長老は心の中でそっと女神に問いかけた…


【次へ】/【前へ】