未だ名もなき

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リシャールは、荷物は自分で持てるだけ、馬車も従者も連れて行かないことを約束させられた。



「良いですね。
今から一時間以内に本当に必要なものだけをまとめなさい。
時間を無駄にするのではありませんよ。」

長老はそう言い残し、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。



「あぁ、どうしましょう。
こんな作業はやったことがないので、一体何をどうすれば良いのやら…」

リシャールは山と積まれた荷物を見ながら、途方に暮れている。



「仕方ない。
俺も手伝ってやるよ。」

長々と説教をしてさんざん無駄な時間を遣ったのはどこのどいつだとザイは心の中で毒付きながら、荷物のより分け作業に取りかかった。
リシャールは、そんなザイの姿をただ見つめているばかりだ。



「ユヒト殿、旅立つ前からご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

「気にすんな。
それと、俺のことは『ザイ』って呼んでくれたら良いからな。」

「申し遅れました!
私は、リシャール・ド・ビアンキ。」

「知ってる、知ってる。
この村であんた達のことを知らない奴はいないからな。」

この村の3分の1はビアンキ家の敷地なのだ。
知らない者がいるはずはない。
だが、ビアンキ家の者はめったに村の中を出歩くことがなかったため、二人が顔を合わせたのはこれが初めてのことだった。


(よく見たら、こいつ、けっこうカッコ良いじゃないか。
背も俺より高いし…)

ザイは、リシャールをじろじろとみつめた。
一つにまとめた黒髪は長く艶やかで、穏やかな品の良い顔をしている。
身につけているものもザイとは違い、どれも一目で高価だとわかる上質なものばかりだ。



「そういやぁ、あんたいくつだ?」

「18です。」

「同い年か…
どういうわけだか知らないが、一緒に旅をすることになっちまったようだ。
よろしく頼むぜ!」

「失礼ですが、ユヒト殿!
あなたには、勇者としての自覚はないのですか?
私達は、女神ヴェーラによって名誉ある伝説の勇者に選ばれたのですよ!
これから私達が世界を救うのですよ!」

「知らねぇよ。そんなこと急に言われたって…」

「な、な、な、なんと、罰当たりな〜!!」

リシャールの手が風を切り、ザイの頬を強かに打った。



「いって〜!な、何しやがる!!」

「あ、あ、あなたは何もわかってはいない…!!」

リシャールは喉の奥からふり絞るようにそう呟いた。
激しい憤りのためか、リシャールの唇はわなわなと震えている…



「……あなたにはわかりますか?
あなたの頬よりも、あなたの頬を打った私の心の方がずっと痛いということが…」

リシャールの瞳から溢れ出る涙は止まらない…



(こ…怖い…)

あまりに熱いリシャールに怖れをなしたザイは、小刻みに何度も頷いた。



「ユヒト殿!!わかって下さったのですね〜〜!」

リシャールは、ザイの身体を力いっぱい抱き締めた。
リシャールの熱い涙を感じながら、ザイはこの先の旅の行方に大きな不安を抱くのだった…



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