未だ名もなき
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「ほら。リシャール。起きろ。置いてくぞ」
自分で昏倒させておきながら、ペチペチとリシャールの頬を叩きながら酷い事を言い放つザイ。
「う…うぅ〜ん…」
何とか意識を取り戻した相手に、ザイは苦笑を浮かべながらも手を差し出す。恥ずかしげに手を取るリシャールを引っ張り上げて立たせ、ザイは入り口へと歩き出す。
「ユヒト殿!」
呼び止められて、足を止めたザイは振り返る。
「不束者ですが、よろしくお願い致します!」
勢いよく頭を下げれば、一つに纏められた黒の長髪が跳ねる。
律儀だなぁと思いながらも笑みを零したザイは、相手に見えない事を承知で軽く手を振った。
「はいはい。よろしく」
軽く返し、再び歩き出す。扉を開けた所で何かを思い出したように再び歩みを止めたザイは、後からついてきていたリシャールを振り返り、にやりと笑ってみせた。
「ザイ。『ザ』『イ』、だ。リシャール」
その悪い頭に刻み込んでおけと、からかう様な笑みを残してザイは扉の向こうへと消える。
「…ザ、ザイ…」
ぎこちなく彼のファーストネームを口にし、顔を輝かせたリシャールは、ザイの後を追った。
かくして。
片や、面倒くさがり屋で気分屋。
片や、生真面目で熱血漢。
女神ヴェーラが見守る元で、魔王を倒す勇者に選ばれた二人の青年は、その先に待つ数多の困難など未だ知る由もなく、旅に出たのだった。
目指すは、隣町・イシュトラ。
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