勇者は旅立つ
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その様子を物陰からじっとのぞき見る男がいた。
(あ、あ、あいつら…
リシャールのものを盗むつもりだな!
リシャール、早く起きろ!何してやがる…!
あぁ、誰か来ないかな?
ザイはどこに行ったんだ?!
あ、あぁ…
あぁぁぁ…逃げられた…)
足首まである真っ黒なローブに黒い頭巾をかぶったその男は、物陰で一人悶々としながらその様子をみつめていた。
やがて、リシャールは通りがかった旅人によってイシュタルの宿屋へ運ばれた。
「あぁ、食った食った。
メレハの町にはあんな小洒落た店はないからなぁ…
良いなぁ、この町の奴らは。」
満腹になったザイが宿屋へ着くと、そこには人だかりが出来、宿屋はざわめいていた。
「なんだ、なんだ?何かあったのか?
……あ、リシャール!!一体、どうしたってんだ?!」
「…リシャール?じゃあやっぱりこの人はビアンキ家の若様なんだね。
町の入口で倒れてたらしいんだよ。
あんたは若様のお供の者なのかい?」
「お供って…まぁ、似たようなもんだけど…」
「じゃあ、若様を部屋に運ぶのを手伝っておくれ!」
「あぁ、わかった。」
リシャールは宿屋の特別室に運ばれ、すぐに医者が呼ばれた。
医者によると、しばらく休めば良くなるだろうとのことだった。
「何がどうしたんだ?まったく…」
ザイはベッドで眠るリシャールの顔をじっとみつめる。
村を出た当初は一緒に歩いていたのだが、歩くのが遅いリシャールに歩みを合わせるのが億劫になったザイは、つい普段通りに歩いてしまい、そして気が付くといつの間にか二人の距離は遠く離れていた。
(特におかしな様子はなかったはずだが…)
ザイは、村を発った時のことを思い起こすが、リシャールが倒れるような原因はこれといって思い当たらなかった。
「う…こ…ここは…天国ですか?」
「気が付いたのか、リシャール。」
「ユヒト殿!!
あ、あなたも死んでしまったのですか?!」
「ば〜か、なんで俺が死ななきゃいけないんだよ。
俺もあんたも生きてるに決まってるだろ!」
「な、な、なんと…!私は助かったというのですか?!
あの生死の境から、無事生還できたというのですか?
き…奇蹟だ!
きっとヴェーラ様がお守りくださったのだ…!!」
リシャールの瞳からは、滝のような感動の熱い涙が流れ続ける。
それとは裏腹に、周りの空気が氷のように冷えている事にリシャールは気付いてはいなかった…
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