海を越えて

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 薄闇に紛れるように、足音を立てずにベッドに近付く影があった。夜の監視者である梟が時折鳴く以外、その場に満ちる静寂を壊すものはない。
 天井から吊るされたランプは一時間程前にその役目を終え、唯一の光源である窓はカーテンが閉められていて、微かに届く月明かりは広い部屋を晒す程の力はない。
 一歩、一歩。その影は、周囲の気配を窺うように、慎重に歩を進めていく。足音を立てないように。この部屋に眠る住人が起きないように、慎重に慎重を重ねて、ゆっくりと、目的の人物が眠るベッドに近付いていく。
 足が、止まる。枕元に立ち、薄闇に慣れてしまった視界に、何か好い夢でも見ているのか、にやけ笑いを浮かべる寝顔が映る。
 にやり、と。その口端が、歪な笑みに吊り上がった。
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