仇討ち物語
2/5ページ
『仇討屋』―――俗語では俺達みたいな職業に就いている者はそう呼ばれる。
文字通り、誰かの恨みをその人の代わりに晴らすのが仕事。その内容も、社会的抹殺から存在消去まで依頼によって様々だ。
復讐は、今の憲法では認められていない。けれど、治安が悪化し凶悪犯罪が倍増したこの国では、既に警察という組織は半分も機能していないんだな、これが。日夜何かしらの犯罪が発生し、その八割が立証される事無く闇に葬られているというのが実状だ。情けない事に。
そんな現代、俺達みたいな連中が出てきたって何ら可笑しくない。むしろ、自然の流れだったわけだ。
法で裁けないのなら、自らが裁定を下してやろう。
その代理人が、『仇討屋』改め『裁定執行人』である俺達ってわけ。
と言っても、俺はバイトの身だから執行権限なんかないけどね。俺のバイト先である『輪廻』の執行代理人は、俺の隣で仏頂面で窓の外を流れていく風景を眺めているリュウイさん。
今のところ『輪廻』にいる執行代理人は社長を合わせて五名で、その中でもリュウイさんはプロ中のプロ。今まで一度も『怨者』を取り逃がしたことがないから、『漆黒の刹那』なんて二つ名までついてる。確か、天界に住む死を宣告する女神の名じゃなかったかな。
本人は、その二つ名があまり好きじゃないらしいけど。
まぁ、とにかく。
要するに、俺達は復讐を手助けするのが仕事ってわけ。
倫理的観念から『仇討屋』を徹底的に嫌う奴もいるけど。でもさ、需要がなければ供給もないんだ。
それに、何も俺達は考えなしに仕事を引き受けているわけじゃない。最終的には依頼を受けるかどうかは社長であるガロウさんが決めるけど、それまでに入念な調査が行われる。ちなみに俺なんかは、この担当要員な。
責任能力があって、人一人殺したっていう十字架を一生背負って生きていく覚悟がある依頼人を選んでるよ。
確かに実際に復讐をするのは執行代理人だけど、その十字架を背負うのは彼等じゃない。依頼者本人だ。
無責任なようにも聞こえるかも知れないけど、これが現実の厳しさってやつかなって、俺はここ一年でそう思うようになった。
どんな事も、結局は自分に還ってくる。
執行現場には依頼人も立ち会うんだけど、引かれた引き金から放たれる銃弾が相手の心臓を打ち破る様を目の当たりにすると、大抵の依頼人は力が抜けたようにその場に座りこんじまう。『怨者』と『恨者』の立場が、逆になる瞬間だからさ。加害者が被害者へ、被害者が加害者へ。その重みに、耐え切れないんだろうさ。
ん?あぁ…『怨者』と『恨者』っていうのは所謂隠語で、『怨者』っていうのは復讐を執行される相手の事で、『恨者』っていうのは依頼者の事。
っと。まずいまずい。この辺りの道は細い上に入り組んでいてわかりにくい。集中していないと、ついつい曲がるべき道を見落としてしまう。
「リュウイさん。着きましたよ」
現場の駐車場で車のエンジンを切って呼びかければ、気だるげにリュウイさんはその青磁色の双眸を動かす。
時刻は、十四時五十二分。
予定通り進めば、あと八分後にこの地下駐車場に『怨者』であるクルス=イサトが姿を現すはずだ。
大学二年生、サファ=アライを強姦した後殺害した、殺人犯が。
隣から響いた甲高い音。それは、リュウイさんが、愛用の銃の安全装置を外す音。
十四時五十三分。
あと七分後、ここは、憎悪と哀惜の念で満たされる事になる。
ΨΨΨΨ
【次へ】/【前へ】