仇討ち物語
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銃声は、一発。
辺りには、鉄錆びの匂いが漂っていた。最初の頃は、この血の独特の匂いに毎回吐いてリュウイさんに蹴っ飛ばされていたけど、一年も続けていれば慣れたもの。
駐車場の一角に横たわる『怨者』の死体に黒い布を被せ、赤い薔薇を一本その上に置けば、助手の仕事は終わりだ。
白手袋を外しながら車に寄りかかって煙草をふかしているリュウイさんに仕事の終了を告げ、この場から去ろうとした時だった。
遠くから響いてくるのは、パトカーのサイレンの音。それは、徐々に俺達のいる場所へと近付いてくる。
舌打ちが聞こえた。隣に視線を遣れば、リュウイさんの不機嫌絶頂の横顔が視界に入った。ふかしていた煙草を携帯灰皿に押し付ける。何気に、こういう所は細かいんだよなぁ。
なんて、これもただ思うだけ。そんな事を今口にしようものなら、一度は仕舞った愛用の銃で俺が撃たれかねない。
そこまでしないって?はは。それが、しそうなんだよな、この人なら。
やがて、一台のパトカーが俺達がいる駐車場に入ってきた。制限速度を遥かに超えたスピードでやってきたそのパトカーは、俺達の横を通り過ぎて少し先で急停車する。
仮にも警察なら、制限速度くらい守れよな。
開けられる扉。助手席から姿を現したのは、今一番会いたくない相手だ。三白眼に、無精髭。着崩したよれよれのスーツ。この人を見て刑事だとわかる人は百人中一人としていないんじゃないかと俺は思う。
「随分と早いじゃないか、キサラギ刑事。その速さが、捜査の方にも反映されればいいのだがな」
新たな煙草にライターで火を付けながら、邂逅早々嫌味を連発するリュウイさん。
この人、あのキサラギ刑事の事が大大大嫌いだからなぁ。
「お前は相変わらず人を殺しているのか、『漆黒の刹那』」
ぴくりと、リュウイさんの眉が動く。もちろん、これは相手の嫌がらせだ。リュウイさんがその名で呼ばれるのを嫌っているのを知っていて、いつもいつのそう呼ぶんだから。ガキの喧嘩じゃあるまいし。いい加減大人になれよ。
と、既にこういった修羅場体験を何十回と繰り返している俺は、今更どうこうする気はない。最初はリュウイさんの態度を諌めようとしたんだけど、その時地獄を見れば黙って傍観しておくのが一番賢い選択だといやでも学習するってもんだ。
だから、一歩下がってこうやって好き勝手言ってるってわけ。もちろん、心の中で。
「心外だな。私がいつ人を殺した?」
飄々ととぼけてみせるリュウイさん。
んん、この人、本当にいい性格してるなぁ。
「そこのは、何だ?」
キサラギ刑事の指差す方向を、青磁色の双眸が追う。その先にある『怨者』の死体に、それでもリュウイさんの表情が動くことはなく。
再びキサラギ刑事に視線を戻して、薄く笑う。
「死体だな」
さらりと、答えるリュウイさん。
「だが、それがあたしによるものだとお前は実証できるのか?」
口を開こうとしたキサラギ刑事よりも一瞬早く、リュウイさんの言葉が駐車場に響き渡る。
ぐっと、詰まるキサラギ刑事。当然だ。証拠もなにもない。実際に殺す場面を押さえなければ、あの人がリュウイさんに手錠をかける可能性など天地がひっくり返っても出てきやしない。
「喚くことは動物でも出来る事だ。そこに論と証拠が入ってこそ、人というものだろうよ」
ふ――と、わざとゆっくりと紫煙を吐き出すリュウイさん。完全に向こうを挑発している。
いい性格に加えて、挑発の天才ときた。
返す言葉が見つからず、それでも何かしないと気が済まないのか、キサラギ刑事はその三白眼をもっと吊り上げてリュウイさんを睨みつけている。殺気すら感じる勢いで。
でも、ま、それもただの負け惜しみに過ぎないんだけど。たかが睨まれたくらいで、怯むようなリュウイさんじゃないし。この人、そもそもそんな細かい神経持ってないよ。
だから、時間と労力の無駄遣いだってことに、早く気付けばいいのに。
相手の殺気の篭もった視線を綺麗に受け流していたリュウイさんは、もう一度ゆっくりと煙を吐き出して助手席のドアに手を掛ける。帰る気だと、俺も運転席側に回ってドアを開けようとした。
その時だ。甲高い声が、響いたのは。
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