仇討ち物語
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「私は、絶対に貴女達を認めません!」
運転席から姿を現したのは、俺とそれ程歳が違わないだろうと思われる若い女刑事だった。こちらは、キサラギ刑事と比べてきちんとスーツを着こなし、綺麗に薄化粧もしている。
あ、ごめん。比べる相手が間違ってたかな。
「貴女達のやっている行為は、殺人と何ら変わりありません!」
些か緊張しているのか、声は上ずっていながらもこちらを真っ直ぐに見据えてくる薄茶色の双眸は強い輝きを放っている。
向こう側から響いてきた溜め息。
まずい。こういう、正義感丸出しのお姉ちゃん、リュウイさんが一番嫌うタイプだったっけ。
ショートカットが良く似合っていて可愛いだけに、あまり酷いことは言って欲しくないなぁなんて思いながらも、やっぱりここは己の身の安全を最優先させよう。
火をつけて間もない二本目の煙草を口から離し、ゆっくりと振り返ったリュウイさんがどんな表情をしたのかは俺からはわからない。けれど、若い女刑事がたじろいだのを見ると、それはそれは綺麗な微笑だったのだろうと思う。綺麗過ぎて、残酷にすら写る、あの氷の微笑を。
「―――お嬢ちゃん」
抑揚を欠いた、澄んだ呼び声が広い駐車場内に反響する。
お嬢ちゃん呼ばわれされてむっとなった女刑事さんだったが、リュウイさんの気配に押さえれてか反論の言葉は飛んでこなかった。
「この世に、正義なんて存在しないんだよ。物事の善し悪しを決めるのは、いつだって大多数の人間の意見だ」
右手の人差し指と中指で挟んだ煙草で少し離れた所に転がる死体を指し示し、リュウイさんは言葉を続ける。
「あれが、今望まれている事。多くの人間が心から願っている事だ。それは、善悪の判断じゃない。必要とされているか否かだ」
リュウイさんの紡ぎ出す言葉を聞きながら、俺は後部座席に座って顔を伏せている『恨者』さんを盗み見る。
泣きながら、それでも、人を殺したリュウイさんに「ありがとう」と言った人。
「倫理的観点から物事を判断しているんだったら、やめな。人間は、そこまで綺麗じゃないよ」
リュウイさんは性悪説支持者だ。人間は元々悪の心を持っていると信じて疑わない。
それは、こんな職業に長年就いている経験からの言葉なんだと俺は思う。
あの女刑事さんが勝てるわけがない。人生経験がまるっきり違う。
「需要と供給は表裏一体さ。あんた達警察がもっとしっかりしてから、そういう“理想”を説くんだね」
うわ。ぐさりと突き刺さる言葉。でも、嘘は言っていない。
「キサラギ刑事。あんたも、しっかりと部下に教えてやるんだね、現実ってやつをさ。でないと、潰れるよ?そのお嬢ちゃん」
今までが、そうだったように。
存外に含ませた言葉に、キサラギ刑事の頬が引き攣る。
そんな相手の反応が楽しくて仕方がないとでも言いたげに、低い笑い声を残してリュウイさんは助手席に乗り込んだ。
「帰るよ、タテイチ」
リュウイさんの催促に、刑事さん二人に軽く会釈をしてから運転席に座る。エンジンをかけて、アクセルを踏み込む。
車を運転しながらサイドミラーで確認した先では、まだあの女刑事さんが俺達を見つめていた。
ΨΨΨΨ
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