脱出
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「――――で?」
食料探しに出掛けていったアーロンの話を聞き終わったザイの、それが第一声だった。立てた片膝に頬杖をつき、気だるげな真紅の双眸が無駄に意気込んで語った相手を見遣る。
「だから!そのラーナだかマーナだかを捜しに行こうって言ってんだよ!」
食料調達から帰ってくるなり大事な話があるというから聞いてみれば、アーサーを竜人に変えてしまった犯人の手掛かりが掴めたというものだった。何でもその婆さんは三つ子で、そのうちの一人がこの森の中で居を構えていたのを偶然発見したのだそうだ。
随分と酔狂な人もいるものだと、ザイはそんな些か話の趣旨から離れている感想を抱いた。
「グレゴラスの町…でしたか?確かその町は、このイシュバラ樹海を南に抜けた先にあったと記憶していますが…」
頭の中に世界地図を思い浮かべ、合致する町を見つけたリシャールが口を挟む。
「近いのか?リシャール」
「近いといえば近いのでしょうが…何分、私の感覚は馬車移動でのもの。徒歩では、果たして近いかどうか…」
味方を得たとばかりに期待の眼差しで見遣ってきたアーロンに申し訳なさそうな顔で応えたリシャールの様子は、充分な休息を摂ったこともあり、目の下のくまも取れて健康そのものに見えた。
「なぁ、ザイ。お前の魔法でぱぱっと移動とか出来ないのか?」
今度はこちらに期待の眼差しを向けてきたアーロンの額を、ザイは無言で指弾する。痛みに顔を歪め涙目で睨み付けてくる相手に冷めた一瞥をくれるも、その口が開かれることはなかった。
「アーロン殿。魔法とは、一定の理論と法則に基づいた魔術の事です。己の身の内の魔力をある特定の記号の集合体――つまり魔方陣に置き換える事によって発動させる一種の学問。故に、世の理から外れた事は出来ないのです」
無言を通すザイの代わりに、怒り心頭のアーロンを宥めるように説明を始めたのはアーサーだった。
「瞬間移動の魔法も、何処にでも行けると勘違いされる方が多いのですが、これにも一定の法則があります」
焚き火の為にと集めてきた枝の一本を手に取り、柔らかい地面にアーサーは一つの小さな魔方陣を描く。
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