脱出

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 そんな相手に失笑を洩らしたアーサーは、手にしていた小枝を目の前で焚かれている火の中に放り込んだ。木々の爆ぜる乾いた音が時折、洞窟内に響き渡る。
「詳しいですね。私も教養の一つとして魔法についての知識は一通りありますが、アーサーさんのそれは既に専門家の域です」
 ひょっとして魔法関係の研究でもしていましたかというリシャールの問いかけに、アーサーは曖昧に頷いただけだった。
 しばらく待ってみるも、外された視線が揺れ動く炎を捉え、それ以上の返答が望めないと分かれば再度質問を投げかけるようなことはしなかった。
「・・・・・・・・え〜と…そうそう!話がずれちまったが、とにかく、だ」
 耳を通り過ぎていく難しい単語の応酬に停止していた頭がようやく活動を再開したのか、胡坐をかいた膝を一度叩いたアーロンが再び話の実権を握った。
「そのなんとかっていう町に行って、なんとかっていう婆さんを捜すのが次の目的ってことで」
 もうなんだか代名詞があり過ぎていちいち指摘する気力も失せたザイは、盛大な溜め息をついた。やる気のない真紅の双眸が焚き火の向こう側へと向けられればリシャールとアーロンはこの先の日程を話し合っていて、どうやらグレゴラスの町へ行く事は既に決定事項のようだ。
 面倒だな、とザイは思う。だが、アーサーに助けられた事もまた事実なのだ。もとより無謀を承知で竜人の根城に襲撃を仕掛けたのはいいが、彼がいなければ三人とも今頃この世とおさらばしているか女王の蹂躙に遭っているかのどちらかだっただろう。
 自分達が育ったメレハ村の長老は、礼節を重んじる人だった。故に、借りは返さなくてはならない。
(ま…メレハ村にはこの枷が外れればいつでも帰れるんだし)
 鎖は剣で無理矢理断ち切れたものの、未だ魔封じが施されている枷が嵌められている両腕を見下ろしながら、ザイは諦めの吐息をつく。
 ここ数日の魔物との戦闘によって真鍮の枷は皮膚を傷付け、霞んだ黄色から微かに覗く手首は、内出血の為に些か青黒い。
 しかし、この枷の魔封じの効果も永遠ではない。所謂消耗品で、定期的に魔力の補充を施さなければその効果は次第に薄れていく。この枷を嵌められて既に数日経ったから、そろそろこの枷が有する魔力とザイ自身の潜在的な魔力の力関係が逆転する。そうすれば、鍵が無くとも強引に枷を粉砕することも可能だろう。
(でもなぁ…)
 礼儀は尽くす。それは決してザイの中では揺るがない決定だ。 
 けれど、いつでも村に帰れるからと、その理由だけで何だかこのままずるずると旅が続いていきそうな予感もしなくはない。
「では、一旦イシュトラの街へと戻り、旅支度をしっかり整えてからグレゴラスの町を目指すという事で決まりですね」
 よっしゃ!などとよく分からない掛け声を出す無駄に元気なアーロンと、自分の問題に付き合わせてしまって申し訳ないと謝るアーサー。
 そんな彼に、とんでもない!助けてもらったお礼ですから!などと力説するはリシャールで、そんな三人の姿をまるで他人事のように見つめていたザイは、再び盛大な溜め息をついた。

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