天の啼く狭間で
見慣れない天井が視界に入った。半分以上眠ったままの頭で、ここは何処だろうと疑問に思う。木の床が軋む音がした。一秒も経たないうちに影が差す。
「起きられましたか?」
穏やかな声が問いかけてくる。燈牙は体を起こした。四方を高い本棚に囲まれた室内を見回し、最後に傍らに立つ青年に視線を向ける。
「家の前で倒れていたのですよ。意識が戻って本当に良かった」
優しげに青年は微笑む。
「あ・・・」
記憶が曖昧だった。ただ一つ、確かなことは――。
「い、今何時ですかッ!?」
今まで寝ていたソファからがばりと立ち上がり、同じくらいの背丈の青年に詰め寄る。
そんな燈牙の行動に動揺することなく、青年は丁寧に答えた。
「朝の八時を少し過ぎた頃です。ここは、○○町二丁目ですよ」
「八時・・・ッ!なら間に合う!」
「そんなに慌てて、何かあるのですか?」
ほっと息をついた燈牙に青年は穏やかに訊いてくる。燈牙は照れるように下を向いた。
「今日は、結婚式なんです」
返答は小さすぎたが、青年は燈牙の声を聞き取ったようだ。穏やかに微笑んだ。
「それは、良かったですね」
「――――はい」
心からの賛美に、燈牙は笑顔を返す。そして何気なく視線を落とした先にある物に目を留めた。身を屈め、それを手に取る。テーブルの上に置かれていたのは、胡蝶蘭を象ったペンダント。
「…すみません。これ、頂いても構いませんか?」
しばらくの間そのペンダントを見つめていた燈牙は、隣に立つ青年に尋ねた。
今までどんな事にも動じなかった青年が、その紫の双眸を瞠って燈牙を凝視する。
「あの・・・」
「――失礼しました。どうぞお持ち下さい」
「いいんですか?」
「貴方が望むなら、それは貴方の許に在るべきなのでしょう」
意味あり気な言葉と共に青年は淋しげに微笑む。
哀しげな表情の意味を知りたかったが、時間がそれを許してくれない。燈牙は何度もお礼を言って入り口を開ける。部屋を出て行きかけた処で、青年に呼び止められて振り返った。
「幸せになって下さい」
燈牙は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって。
「はい。ありがとうございます」
扉が閉められ、彼の姿が視界から消えた。
ΨΨΨΨ
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