黄昏時の神風

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「漫画の中に多く出てくる展開が、まさか自分の身に起こるなんて思ってもいなかったんでしょ?例え漫画の中の話のような事でも、それが現実なんだ。そして君は、その事もわかっている。なのに――…」
 彼は、躊躇うかのようにいったん言葉を切った。
「…なのに、泣けないのは、どうして?」
 はっと、息を呑む。今の今まで心の中にあった不確かな感情が、彼の言葉によって明確な姿を得て目の前に現れた。
 他人の中にいた時の、常に抱えていた違和感。何かが違うとわかっていながら、それが何なのかわからなかった。
 あぁ、そうか。どうして自分は、泣かなかったのだろう。
 どうして、泣けなかったのだろう。
「…どうして、かな。拓也のお葬式の時、どうして私は泣けなかったのかな」
 昨日までの晴天が嘘のように激しい雨が降り注ぎ、その雨脚にも係わらず沢山の喪服姿の人が訪れては帰っていった彼のお葬式。
 その豪雨さえも、彼等の頬を流れる涙を隠してはくれなかった。どんなに雨に打たれても、どんなに雨に紛れても、流れる涙は暖かい。悲しみの涙は、雨と同じ冷たさを決して持ってはくれなかった。
 真っ白な花の中で笑う恋人の写真。心から楽しそうに笑う、拓也の姿。昨日まで当たり前のように傍らにあった、その微笑み。
 それが、今はない。もう二度と戻らない、あの時間。
 泣けなかった。壊れそうな程痛む心を抱えながら、それでも自分は泣けなかったのだ。
「…でも、あの時泣けてたら、きっと今、こんな風に心が痛むことはなかった。それだけは、わかるの」
 豪雨は涙を隠してはくれない。それでも、泣き声はきっと隠してくれた。この胸の痛みも悲しみも全て、その冷たい雫と共に洗い流してくれたはずだ。
 だって、それが雨の役目だから。人が流した涙の重みも、痛みを伴うその悲しみも、全てを受けれて、新たな光をこの地上に導いてくれる。
「わかってるのに。頭では理解出来るのに、泣けないのは…。私が、拓也のことを本気で好きじゃなかった証拠なのかな」
「そんなことない」

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