黄昏時の神風
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「…え?いない?」
翌日の朝。三年生のクラスを訪れ昨日の先輩の居場所を尋ねた凪紗は、返された答えに困惑した。
「本当に、そんな先輩はいないんですね?」
「ええ、いないわ。羽丘皐なんていう名前、聞いたことがない」
凪紗の確認の質問に対応してくれた三年生の女子は、再び首を横に振った。
「ひょっとして、クラスが違うんじゃないかしら。なんだったら、下の階の子にも訊いてみてあげようか?」
親切な先輩の申し出を、しかし凪紗は丁寧に断った。お礼を言ってその場を立ち去る。
クラスが違うはずがない。今ので最後だったのだから。一組から八組まで同じ質問を繰り返して、その度に同じ答えが返された。
羽丘皐という人物は、存在しない。
最後の望みをかけて訪ねた四組でも、結果は同じだった。
凪紗は、昨日彼に会った屋上へと足を向ける。二段飛ばしで一気に屋上まで駆け上がり、クリーム色の扉を勢いよく開け放った。
地面に反射した朝の光が目を射す。手を額に当てて直射日光を避け、彼の姿を捜す。しかし、その姿は何処にも見当たらなかった。
凪紗は肩を落とす。しかし、不思議を心は痛まなかった。きっと、別れる時に何処かで分かっていたのだ。もう彼には、二度と会えないのだという事を。だって、彼は―――。
ふっと息をついたその時、風が駆け抜けて、声が届いたような気がした。
「もう大丈夫。生きていって。希望を捨てずに」
凪紗は瞳を閉じて空を見上げた。心の中で三秒数え、ゆっくりと瞼を上げる。
そこには、綺麗な青空が広がっていた。世界に色が戻っていた。
「凪紗!」
呼びかけに背後を振り返ると、腰に手をやった親友が入り口に立っていた。
「何やってんのよ、こんな所で。あと五分でHR始まるんだから、早く戻るよ」
彼女の言葉に左腕にはめた腕時計に視線を落とせば、針はもう八時半過ぎを指していた。これはまずいと、凪紗は駆け足でわざわざ呼びに来てくれた友人のもとまで辿り着く。
「ありがと、トモ。もう、大丈夫だから」
突然の凪紗の言葉に友人は虚を突かれたような顔をしたが、彼女の顔に浮かんだ晴れやかな笑顔を見て微笑みを返す。
「何があったかは知らないけど、いい顔になったじゃない、凪紗」
凪紗の背を叩いて、彼女は先に階段を下り始める。
最後に一度だけ背後を振り返った凪紗は、ありがとうと口だけを動かし、後ろ手で扉を閉めて友人の後を追った。
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