第一章〜戒めをその身に刻む者の名は〜【承】

11頁
 取り付く島のない玲羅の態度に薙杜と視線を交し合った仁は、これ以上口答えをしても意味がないという無言の忠告を素直に受け入れて軽く肩を竦めて口を噤んだ。
「さて。そろそろお起きなさいな。こんな怪我程度で、いつまで寝ているつもりですの?」
 玲羅の怒りの矛先は遂にはつい先程まで怪我人であった宵にまで向けられ、ぺちぺちと問答無用でその頬を叩いた。
「聞こえませんでしたの?私は、起きなさいと申したのです」
 元来の短気な性格に冷酷さが加わり、玲羅は問答無用で未だ目を覚ます気配のない宵をあろうことか放り投げた。その細腕の何処に成人前の男性をまるで紙切れのように放る力があるのかは甚だ疑問であったが、目の前で行われた暴挙にそんな細かい所まで突っ込む図太い神経を持った者はその場には一人としていなかった。
 例外的に殺気立つ妖を前にしても全く怯む気配を見せず寧ろ脅し返すという神業を成し遂げた図太い神経を持った者が約一名いるが、こちらはその代償とでも言いたげに仲裁に入る等という思考は持ち合わせていなかった。
 それ故、哀れ、放り投げられた宵はもちろん少し離れた場所に重力に従って落下する。ぼすっという音が聞こえてきそうな程その落ち方は見事で、それで目を覚まさない程彼は神経図太くはなかった。
「な…な…!?」
 事態が理解出来ずに軽いパニック状態に陥っている宵は、頭に大量の雪を載せたままその紺色の双眸で辺りを忙しなく見回す。
「起きられまして?」
 そんな彼に、玲羅は爽やかな笑顔を向けた。爽やか過ぎて、寧ろ怖いくらいである。
「貴方一人が気を失っているだけで、姫の負担が増しますの。ですから、ご自分の身はご自分でお守り下さいな」
 爽やかな笑顔はそのままで辛辣な事をのたまった玲羅は、怒りを吐き出しきって満足したのか髪を払って立ち上がる。その白髪の先が南華の頬を軽く撫でて相手に恐怖を与えた事など知る由もなく、ご機嫌ようと優雅な挨拶を残して木々の狭間へと消えていった。
 一方、放り投げられた宵はというと未だに事態の把握が出来ていないのか瞬きを繰り返して辺りをキョロキョロと見回している。
 挙動不審な彼に微苦笑を浮かべ、仁はやっと立ち上がった。見上げてきた金の双眸と目を合わせ、次いで彼方に視線を投じる。
「――さて。日没までにあまり時間はない。そろそろ、この鬼ごっこも終わりにしようか」
 ね?と同意を求めれば、軽く鼻で笑われる。

【前へ】/【戻る】