第一章〜戒めをその身に刻む者の名は〜【承】
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『さて。どうしようか?』
『我等の領域に入りし者』
『刻もうか?』
『引き裂こうか?』
『それとも、頭から喰ろうてやろうか?』
獅子の体に一角の妖、『梅舞』。
普通の狼のそれを遥かに超える体格を持つ、『牙狼』。
人の肉体に漆黒の翼を生やす、『天狗神』。
その他名すら知らぬ数多の妖がぐるぐると六人の周りを巡り、まるでいたぶるかのように、こちらの恐怖心を煽る言葉を投げてくる。
即座に円陣を組みながら、六人は一瞬の隙も与えまいと剣を構える。そして、一歩前に出ようとした南華を、妖が嘲笑した。
『無駄よ、罪深き人の子よ。その結界からは決して逃れられぬ』
『我等が姫が引きしもの。ただの人の子である其方達には無理であろう』
結界という言葉を聞き、六人は思わず自らの足元に視線を落とした。
「これは…」
光り輝く線で地面に星の形をした模様が刻まれている。都では見た事のない種類の呪術だったが、微かに燐光を放つこの模様から甚大な霊力が発されている事は瞬時に理解できた。
「…霊力?」
妖力ではなく、霊力。ならばこれは、人が描いたものだというのか。
妖達は、『姫』と言った。人間が、妖に加担している?
「うわああああッ!」
一瞬、妖から意識が逸れた瞬間だった。響き渡った弟子の悲鳴に、南華は我に返る。
「宵ッ!」
幾つもの声が同じ名を呼ぶ。風のように駆け抜けた『牙狼』の牙に襲われる宵の姿が、五人の視界を埋めた。
雪煙を上げて、着地する『牙狼』。軽く首を振ればその口に咥えられていた青年が雪の上へと投げ捨てられ、その周囲は瞬く間に赤く染まっていく。
「宵ッ!」
呼びかけに、彼は応えない。恐らくは『牙狼』の牙に抉られたであろう腹の傷からの出血だけが、ただ淡々と白を穢していた。
『…不味い。やはり、喰らうなら女の方がいいな』
宵の流した鮮血で染めた牙を剥き出し、にやりと笑う。暗い眼孔は仲間の怪我にも動じずに剣を構えている玻綾へと向けられる。
一瞬の静寂。その均衡を破り、妖達が一斉に『高見』家の者達へと襲いかかろうとした、まさにその瞬間だった。
『――――止めよ』
厳かな声が空気を震わせたかと思うと、天から黄金の毛並みを持つ妖が舞い降りてきた。音もなく結界内へと着地したその妖の体から発された目映い光が飛び掛らんとしていた妖達を退ける。
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