第一章〜戒めをその身に刻む者の名は〜【承】
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全ては一瞬の出来事だった。網膜を貫いた光に思わず閉じてしまった瞼を開けた視界に、揺れ動く十本もの黄金の尾が映る。
『…貴様。『叉鸞』の薙杜』
一撃で退けられた『梅舞』が、忌々しげにその名を呼ぶ。
『貴様如き下等なものに私の名を呼ぶ資格はない』
厳かに言い放ち、薙杜と呼ばれた黄金の妖はその金の瞳で周囲の妖達を見回した。
『お前達。ここで何をしている?誰の許可を得て、人間を襲った?』
厳かな問いかけに、妖達は威嚇するような唸り声を上げる。
『人間達が我等の領域に入ってきたのだ』
『既に道を見失ったと見ゆる。故に、面倒事になる前に喰ろうてやるだけよ』
一度は薙杜の眼光に怯みはしたものの、再び『叉鸞』の背後に庇われる形となっている人間の喉を噛み切ってやろうと妖達がいきり立つ。
結界を囲む形で居合わせた妖の放つ妖気に空気がざわめく。駆け抜けた風が梢を鳴らし、森全体が騒ぎ出す。
「紫溂さん!」
急激に妖気の増した“神座の森”の気配に、膝をついた仲間の名を呼ぶ悲鳴に似た声が響く。
「紫溂」
片膝をついて弟子の顔を覗き見た南華は、その顔色の悪さに表情を険しくする。
退魔師といっても、人間に変わりはない。個人差はあるにせよ、長時間この妖気に晒されれば、命を落とす事すらあるのだ。
呼吸の乱れは、異変の前兆。指先に触れれば既に氷のように冷たくなっており、このままでは命の危険が出てくる。
南華は鋭い視線を周囲に走らせる。
どうにしかしなければならないと思いながらも、妖に取り囲まれているこの状況下から抜け出すのは容易い事ではない。寧ろ、不可能に近いかもしれなかった。
ちらりと自分達の前にいる黄金の背に視線を向ける。
突然の乱入者はどうやらこちらを攻撃する意思はないようではあるが、それでも果たしてそれが味方であるかと問われれば肯定は出来ない。
『そこを退け、『叉鸞』』
『退かぬと言うのならば、力ずくでも』
臨戦態勢に入る『梅舞』や『牙狼』など、その他大勢の妖達。
対する『叉鸞』も退く気はさらさらないようで、こちらも体勢を低くして迎え撃つ心積もりのようだった。
そんな、一触即発の空気が辺りを包み込む。
発される殺気と妖気に、先程までざわついていた森が口を閉ざした。
周囲を満たすは、刹那の静寂。
何が合図であったのか。互いの殺意がぶつかろうとした、まさにその瞬間。
「――――誓約を違えるか、森の主達よ」
緊迫の空気を縫って届いた、凪いだ声音。数多の視線が一斉に声のした方に向けられる。
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