不本意ながらも魔法使い

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 満月が天高くに輝く頃。
 都会の夜景を一望できる高い鉄塔の上に、黒のロングコートを風にはためかせた彼はいた。両手をコートのポケットに突っ込み、黒縁メガネの奥の瞳を眼下に広がる夜景へと向けている。
 突風が吹きぬける。師走に入ったこの季節は冬本番だ。標高が高く尚且つ遮るものが何もないこの場所は、当然ながらかなり寒かった。
「・・・・・・・・さむッ」
 無感動に夜景を眺めていた彼は、ぶるりと体を震わせると両腕を組んで鉄塔の上にしゃがみ込んだ。両腕をさすり、少しでも暖を取ろうとほぼ無駄な努力をする。
【だらしないわね、暁斗。貴方、それでも男なの?】
 呆れたような高い声が夜闇に響き渡る。
 声の主を捜して暁斗が視線を遣ったのは、自分の足元だった。
 そこには、闇に紛れるようにして一匹の猫がちょこんとお座りをしていた。その金の瞳が、呆れたように暁斗を見上げていた。
【これから仕事なんだから、しっかりしてちょうだい】
 どう考えても人語を喋るには向かないだろうその口からは、しかし流麗な叱責が発される。
 寒さに震える暁斗は、うんざりした顔で再び視線を眼下に落とした。
璃音りいんは寒さを感じないから。僕はただの人間。寒いものは寒いのだから仕方がない」
 些か気分を損ねた様子で反論すれば、華麗に地を蹴った璃韻と呼ばれた黒猫は暁斗の肩に飛び乗った。そして、器用に動かした尻尾で寒さで朱の差した彼の頬を叩く。
【我慢なさい。大丈夫よ。これから、寒さなんて感じていられない程大変な事になるから】
 物騒な璃韻の言葉に、果たして大丈夫という単語の使い方がこの場合正しいのかどうか暁斗は本気で悩んでしまった。
 璃韻の言う、これから起こる大変な事――そう、その発端は、今から一時間程前に遡る。

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