不本意ながらも魔法使い
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―貴方、私の『式』になりなさい。
自宅の部屋で気ままに本を読んでいたら、中途半端に開けていた窓から迷い込んできた黒猫がいきなりそんな事を言ってきた。
あまりにも非現実的な状況に言葉もない暁斗の前で、璃韻と名乗ったその黒猫は、勝手に話を進めていった。
【私は…そうね、貴方達には死神って言葉が一番しっくりくるかしら?とにかく、魂を扱う仕事に就いているものよ。もちろん、私自身も人間じゃないわ】
人間ではない事は姿を見れば一目瞭然だったが、そんなツッコミを入れる余裕など暁斗にあろうはずもない。
【私の相棒がちょっと怪我をして仕事が出来なってしまってね。私はこんな姿だから、今回の仕事を一人でこなすのはちょっと困難なの】
だから、貴方の助けが必要なのよ。
何がなんだかわからないうちに、とにかく一緒に来てと言われてついて来てみれば、何故かこんな所に案内されたわけだ。ちなみにどうやってここまで辿り着いたかというと、なんてことはない、ただ単に地道によじ登ってきただけの話だ。
高所恐怖症じゃなくてよかったと、暁斗は心からそう思う。
【あら。やっとお出ましみたいよ】
璃韻の言葉に視線を動かせば、月が煌々と輝く夜空がぐにゃりと歪んだ。
【魂を好んで食べる、餓鬼の登場ね】
・・・・・・・・・・・はい?
「璃韻。何を…」
暁斗の言葉は最後まで発されることは無かった。というよりも、彼の疑問は目の前に現れた大きな影が綺麗さっぱり解決してくれた。
歪んだ空間から現れた、巨大な体躯。その額には二つの角があり、大きな口からは鋭い牙が二本覗いている。
これは、何処からどう見ても…。
「鬼――――――ッ!?」
絶叫する暁斗に、璃音は。
【あら、言ってなかったかしら?】
「聞いてないよ!」
さらりととぼけてみせる彼女に、暁斗は力の限り叫ぶ。
聞いていない。というより、聞いていたらこんな所までのこのことついてくるわけがない。喋る猫だけでも非日常要因は充分なのに、これで鬼なんて空想上のものまで出てきたら完全に日常とおさらばだ。
【さあ、暁斗!やっちゃいなさい!】
頭を抱えてパニック状態に陥っている彼の頬をぴしりと細い尻尾で叩いた璃韻は、器用に前足で目の前の鬼をびしっと指差す。
え…?あの…やっちゃいなさいって…。
「僕がこれをやっつけるのか!?」
笑えない冗談だと、暁斗は黒縁メガネの奥の瞳をこれ以上ない程見開く。
そんな彼に、璃韻は当然とばかりに胸を張った。
【大丈夫よ。さっき貴方に渡した小さな十字架があるでしょう?握って三回振ってみなさい】
混乱しながらも璃韻の指示に従って先程渡された、掌にすっぽりと入る程度の大きさの純銀製の十字架を、暁斗は三回振ってみた。
すると、十字架から漏れ出した淡い光が形を作り、暁斗の手にはよく死神が持っているような柄の長い大きな鎌が握られていた。
「え―――――ッ!?」
素っ頓狂な声を上げる暁斗。
【凄いでしょう?これは、あの鬼を狩れる唯一の武器よ。さあ、暁斗!それがあればちょちょいのちょいよ!ちゃちゃっと終らせちゃいなさい!】
再びびしっと空中に浮ぶ鬼を指差す璃韻。
いや、だから、どうしてそういう話の流れになるんだってば。
鬼を倒す?僕が?そんな事…。
「出来るか――――ッ」
力の限り叫んだ暁斗に、璃韻は怪訝そうな視線を向けてくる。
【どうして?私の登場にも驚かなかった貴方だもの。当然出来るはずでしょう?】
誰が、何に驚かなかったって?
【だって貴方、逃げなかったじゃない】
普通の人間なら、声を掛けられた瞬間に悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出すものよ。
そう言ってくる璃韻に、暁斗はその黒縁メガネの奥の瞳に涙を溜めて怒鳴った。
「あれは、逃げなかったんじゃなくて逃げられなかったんだよ!怖すぎてッ!」
猫が喋る――そんな有り得ない状況に、腰を抜かして逃げるにも逃げられなかった。
それが真実。
唖然と、璃韻はその金の瞳を見開く。
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