不本意ながらも魔法使い
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「うわ―――!何かこっち来るしぃ!」
どうしようどうしようとあたふたしている暁斗に、衝撃から立ち直った璃韻は一旦逃げるのよとその高い声を張り上げた。
「逃げるったって、何処に!」
ここは鉄塔の上だ。何処にも逃げ場所なんてない。
【このまま走りなさい!】
璃韻の言葉を、暁斗は一瞬理解出来なかった。
つまりそれは、この広大な夜景に向かってジャンプしろと?
「…死なせる気か―――ッ」
こんな高さから落ちれば、まず助からない。
【いいから、言われた通りになさい!】
駄々をこねていた暁斗は、璃韻のその鋭い一喝に思わず立ち上がった。その眼光の鋭さに、従わなかったら殺されると直感したのかもしれない。
恐怖に押されて一歩踏み出し、一瞬後にこの身を襲う落下の感覚にぎゅっと目を閉じ―――。
「…あれ?」
いつまで経っても襲ってこない衝撃に、暁斗は恐る恐る目を開けた。
視界には、都会の夜景。
「え―――――ッ!?」
暁斗は立っていた。空の上に。空気以外何もないはずの、空の上に。
「何これ!?絶対おかしいって!」
【そんな事はどうでもいいから、とにかく走りなさい!】
璃韻の催促に背後を顧みれば、非常にのろい速度であの鬼がこちらに向かってくるところだった。
ひっと喉を鳴らし、暁斗は何もない夜空を疾走する。
「何なんだよ――ほんとに!」
喋る猫に巨大な鎌に変化する純銀製の十字架。鬼が登場してきただけでももう充分なのに、追い討ちをかけるかのように今度は空を疾走中。
僕の日常カムバ―――――ック!
夢なら早く覚めてくれと、そろそろ現実逃避したくなってきた暁斗である。
【ねぇ、暁斗。一つ、確認しておきたいんだけど】
暁斗の隣を並走しながら、璃韻は改まった声で尋ねる。
【貴方…ヘタレなの?】
ずばり、単刀直入に訊いてきた璃韻に、必死に夜空を走りながら暁斗は怒鳴り気味に答えた。
「そうだけど、何か!?」
大学で見せている自分は、ただの飾り物でしかない。
誰が、優しくて知的でクールだって?そんなもの、本当の自分を隠す為につけている仮面だ。
一匹狼?違うね。ただ、人と接するのが怖いだけさ。
下手に誰かと仲良くなって、本当はこんな人間でしたってぼろが出るのが怖いだけだ。
【…なんてこと】
足元から盛大な溜め息が聞こえた。
溜め息をつきたいのはこっちの方だ。
【…でも、ここまで来たら仕方ないわ。――暁斗。止まりなさい】
璃韻の声に、逆らえなかった。立ち止まり、けれど背後は振り返らない。
【暁斗。貴方が、やるのよ】
見上げてくる金の瞳から逃れるように、暁斗は顔を伏せる。
「…無理だよ」
僕に、出来るはずがない。
【貴方がやらなければ、あの鬼は人の世界で暴れて、多くの犠牲者が出るわ。それでも、いいの?】
「・・・・・・・・・・・・・・・」
いいわけない。
重さを感じない鎌の柄を握り締め、それでも暁斗は動かない。
彼の背後から迫り来る鬼を視界の隅に収めながら、璃韻は苛立たしげに尻尾を振った。拒絶し続ける暁斗に尚も言葉をぶつけようとして、彼女ははっと息を呑んだ。
【暁斗ッ!】
え?と振り返った暁斗のその先で、鬼の巨大な腕に璃韻の小さな体が弾き飛ばされた。小さな悲鳴が洩れ、少し離れた所に落ちたその体躯は動かない。
「璃…韻…?」
呆然と、暁斗はその名を呼ぶ。
―何よ。うるさいわね。
彼女の性格なら、そう言って睨みつけてくるはずなのに。
けれど、そこに倒れた璃韻は動かなかった。
「・・・・・・・・・・・・っの!」
体を貫いた怒りに任せて鎌の柄を握り締め、黒縁メガネの奥の切れ長の瞳がきっと鬼を見据える。そして、その巨体に向かって鎌を振り上げ―――…。
「すみません!許して下さい!」
やっぱり、ヘタレは何処までいってもヘタレだった。
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