勇者は旅立つ
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反応の返ってこない二人に得意げに鼻を鳴らしたアーロンは、腕を組んで斜め下からザイを見上げた。
「ふん!図星過ぎて言葉もないな?自分が卑怯な手を使って勇者に選ばれた事を認めたも同然だぞ、ザイよ」
呆気に取られている二人の様子を自分の都合の良いように解釈していくアーロンの饒舌は、沈黙が円滑剤となってその勢いを増していく。
「やっぱり俺の思った通りだった。おかしいと思ったんだよ、この俺が勇者に選ばれないなんて。リシャールは、あの腕前だからわかるとしても、俺よりも成績も腕っ節も劣るザイが勇者な訳がない」
「あの…」
「こんな魔物、本来ならば俺の華麗な太刀筋で一撃で葬っていたっていうのに。きっと、これはこんなに強い俺への神様からの嫉妬に違いない!俺の格好良さに嫉妬して、こんな無様な仕打ちをしたんだ!」
「もしもし…?聞いてます…?」
「だいだい、俺は…」
二人の存在をすっかり忘れて己の世界に入り込んでしまっているアーロンは、リシャールの呼びかけを完全無視だ。それでもめげずに声を掛け続けようとした彼の肩を、嘆息交じりにザイは叩いた。
「無駄だ、リシャール。こいつ、こうなるとしばらく帰ってこないから…」
「ザイの友人ですか?」
困った様子のリシャールは確認の形で問いかける。
「いんや。唯の知り合い」
見事な即答であった。リシャールの勘違いかもしれないが、『唯の』に力が篭められていたように思う。
「とにかく!俺が本物の勇者だ!よって、偽者は即座にこの場を立ち去れッ!」
自己の世界から現実世界へと戻ってきたアーロンは、再びザイを指差して高圧的に命令する。
数秒の時間の停止。木霊が消え失せる頃、ようやく言葉の意味を理解したリシャールが、流石に気分を害した様子で口を開いた。
「貴方…何を言っているのです?これはヴェーラ様がお決めになった事。ザイを侮辱する事は、即ちヴェーラ様を侮辱すると同義語なのですよ。だいたい、ユヒト殿は偽者と貴方は仰いますが、何の根拠があって…」
「―――いいんじゃないか?」
懇々とアーロンの間違いを諭そうとしていたリシャールを遮ったのは、ザイのそんな言葉だった。
二対の瞳が同時に向けられるも、ザイの真紅の双眸は相変わらず眠たげなままだ。
「自分から勇者になるって言っているんだ。やる気のない俺よりも、よっぽど世の為になると思うけどね」
無造作に真紅の髪をかき上げたザイの口からふわりと欠伸が洩れる。
「ってな事だ、アン。喜んでお前に勇者を譲ってやるよ」
昔からの多少どころか九割の嫌がらせが入った愛称で彼を呼ぶザイは既に勇者である事を放棄する気満々だ。
アーロンの申し出は、ただ流されて勇者にならざるを得なかったザイにとっては思ってもみない天の慈悲だった。この時ばかりは、いるかどうかも定かではない神も悪くないと思えたザイである。
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