合わせ鏡
勇者は旅立つ

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 そして、その不安はものの見事に的中した。
 人生の好機には、必ず落とし穴がある。それはきっと、神様の意地悪か、退屈しのぎの戯事だ。
「――――で?この馬鹿はなんな訳?」
 イシュトラの町からメレハ村へと通じる森に時折出現する魔物退治を済ませた後のザイの第一声がそれだった。白目を剥いて倒れているアーロンを指差し、隣に立つリシャールに問いかける。
「何、と言われても…。私にも、さっぱり…」
 刃に付着した血を拭って鞘に収めたリシャールも、困惑顔で足元に倒れているアーロンを見下ろした。
 彼は、突然現れたのだ。助太刀致す!等という昔の言い回しは流石にしなかったものの、然程苦労もせずに魔物を倒せるという段階になって、急に飛び込んできた。そして、草に足を取られて転び、その際頭を打って昏倒。
「ほんと…何したかったんだよ、こいつ…」
 呆れて物も言えないといった体で、ザイは無造作に足で相手の頭を突く。
「失礼ですよ、ユヒト殿」
 即座にリシャールの叱責が飛んだが、ザイは何処吹く風だ。
「このまま放っておくことも出来ないだろ?だからって、背負って町まで歩くのなんて御免だし」
「ユヒト殿…」
 目を覚まして自分の足で歩いてくれた方が楽だと言い放つザイに、生真面目なリシャールは尚も渋い顔を崩さない。
「硬いこと言うなよ…あぁ、起きたか」
 苦笑交じりに嘆息したザイは、耳に届いた呻き声に足元に視線を戻した。色の違う二対の双眸の先で、自爆した彼はふらふらと上体を起こす。頭を振るのは、意識をはっきりさせる為か。
「あの…大丈夫ですか?」
 リシャールが躊躇いがちに声を掛ければ、はっとした様子で顔を上げる乱入者改め自意識過剰男、アーロン。困惑と呆れの視線を向けられ、二・三度瞬きを繰り返した彼は、突然立ち上がったかと思うと呆れ顔のザイをびしっと指差した。
「ここで会ったが百年目!白状しろ、偽勇者のザイ!」
 木霊したアーロンの声は余韻を残して空気に溶ける。少し離れた木の枝に留まっていた鳥が数羽、青い空を泳いでいった。


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