合わせ鏡
勇者は旅立つ

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 宿屋の特別室に設けられた風呂場へと続く扉が内側に開けられる。そこから現れたザイは、濡れた絳髪をバスタオルで拭きながら二人で使うには少々広すぎる室内を見渡して首を傾げた。
「あ?リシャールの奴、まだ帰ってきてないのか」
 何処をほっつき歩いているんだと呆れたように洩らすも、ザイは髪を拭いていたバスタオルを適当にその辺に放るとベッドに倒れ込んだ。生渇きの絳髪で枕カバーが湿っぽくなるが、ザイは気にも留めない。
「ま、あいつも子供じゃないんだし。そのうち帰ってくるだろ」
 まさか今この瞬間に無自覚の誘拐に遭っている等と知る由もないザイは、放置という結論を導き出して身体を反転させた。
 視界一杯に、見慣れない天井が映る。視界の隅にちらつくのは小さくとも立派なシャンデリアで、そこに燈された何本もの蝋燭の明かりのお陰で部屋の中は比較的明るかった。
「こんな豪華な所に泊まれんのも、リシャールのお陰か」
 貴重な体験だと、ザイはその口元に微かな笑みを刻む。
 路銀や宿屋に困らないという点では、旅の相手が彼でよかったかもしれないと思うが、それでもあの性格はどうにかして欲しいと思うザイである。取り敢えず、あの過度な感情表現だけは今すぐにでも直して欲しい。
 だって、正直言って、怖いし。
「あれがビアンキ家の若様だってんだから、世の中わかんねぇよなぁ」
 もっとこう、威厳があって近寄り難い硬骨な雰囲気を纏っているものかと思っていた。時折すれ違う馬車の窓から垣間見えた横顔は確かに凛然としていた記憶がある。
「まぁ…人間、裏と表があって当然だよな」
 本音と建前を使い分けるなど、生きていく上で必要な技術だ。だから、別に自分のイメージと実際に会った時の印象が違っていても驚きはしない。
 しかし、流石にあれは…。

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