合わせ鏡
勇者は旅立つ

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 既に放置されて久しいのか、部屋の壁は所々塗装が剥がれて空気は澱んでいる。数本の蝋燭の炎に空気中を舞う埃が仄かにて照らし出され、しかしリシャールには自分のいる部屋の惨状を不快に思う程の余裕はなかった。
「あぁ…ザイを怒らせてしまいました。何がいけなかったのでしょうか?ヴェーラ様」
 朽ちた部屋に一応椅子はあったが、リシャールは腰掛けようとはしない。それは決してその椅子が汚いとか座ったら絶対壊れそうだとかそういった理由ではなく、ただ単に落ち着かないだけだ。
「やはり、疑ってしまった私に怒りを感じているのですよね。あぁああ…私はなんという愚かなことをしてしまったんだ!」
 立っているだけでは満足しなかったのか、リシャールはうろうろと部屋の中を徘徊し始める。
「どんなに謝っても、私の罪は赦されるものではない…。例え、ザイが気の済むまで私を打ったとしても、犯してしまったその事実は消えないのですから」
 ぴたりと足を止め、神妙な顔で呟くリシャール。
 が、それも数秒の事で。
「ユヒト殿ぉおおおッ!どうか…どうか!こんな愚かな私を叱って下さい!我等の守り神で在らせられるヴェーラ様!どうか私に罰をお与え下さいぃぃぃッ!」
 やっぱり、感情の起伏が大きいのはどんな状況になっても変わらないようだった。
 その瞳から滂沱と涙を流し、曇った窓硝子の向こうに臨める月を見上げて懇願する。
 そんなリシャールの行動は、何処からどう見ても奇行にしか見えない。それは誘拐を企てたアンガスとジャッキーも例外ではなく、扉一つ隔てた向こうから絶えず響いてくる心の叫びに、はっきり言って恐怖していた。
「な…なぁ、アンガス。ビアンキ家の若様…なんか、凄く怖いんだけど」
「言うな、ジャッキー。もっと怖くなる」
 洋燈を置いたテーブルを囲むように座っている二人の顔色が少々悪く見えるのは、決して世界を支配する夜の色の所為だけではないだろう。

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