囚われて…
4ページ/18ページ
ザイの絳髪が生暖かい風に煽られ、二人を取り巻くようにして地面に描かれた魔法陣に、アーロンは驚愕に目を瞠った。
「――“フィアシス”」
呪文が紡がれ、刻まれた魔方陣から発された光がアーロンを包み込む。思わず瞼を閉じた先で、暖色の輝きは残像を残して掻き消える。
恐る恐る瞼を上げれば、既にザイはこちらに背を向けて歩き出しているところだった。
「ザイ・・・・・・?」
思わず立ち上がり、違和感に気付いてアーロンは視線を落とす。綺麗に傷の消えた両手を眺め、庇っていた右足でそっと石畳を踏んだ。
「治って…る…?」
己の体から綺麗に消えた傷の数々に、アーロンは信じられない様子で何度も右足で地面を踏む。その度に骨折をしていたはずの足はしっかりとアーロンの体を支え、傷が完治している事を暗に告げていた。
「ザイ、お前…魔法が使えるのか?」
数歩の距離を空けて立ち止まったザイの背に、呆然とアーロンは問いかける。肩越しに一瞥をくれるも、しかし応える事無くザイは再び歩を進めた。
「ザイ!」
松葉杖が大地を叩く軽い音が響き、ザイの前に回り込んだアーロンは彼の行く先を阻む。足を止めざるを得なかったザイの真紅の双眸が、立ちはだかるアーロンを鬱陶しげに見据えた。
「どうして、お前が魔法を使えるんだ?魔法は、血統に重点が置かれる。誰にでも扱えるものじゃないんだ!」
魔法は大まかに攻撃魔法と治癒魔法に分けられる。どちらに秀でるかは個人の能力差にもよるが、ただ一つだけ確実なのは、魔力の継承が血筋に縛られるという事だ。どんなに魔法を習得したいと願っても、『血』を受け継いでいなければ絶対に叶わない。
混乱から立ち直っていないアーロンの詰問にも、ザイは冷めた視線を向ける。
「血統が重要なら、俺がその血を引いてるって事だろ」
簡単な事だと、鼻で笑ってアーロンの横を通り過ぎようとする。
「ザイ!」
「うるさい」
己の肩を掴んだアーロンの手を、ザイは振り払う。
「アン。リシャールを助け出したら、お前に勇者を譲ってやるよ」
昨日も同じ台詞を聞いたアーロンは、怪訝そうに眉を寄せる。
「だから、そんな稚拙な罠には…」
「面倒なんだよ。俺は今この瞬間にも、布団に入って寝たいんだ」
「…は?」
「真夜中にイシュバラ樹海を歩かされて。魔物にまで襲われて。こんな面倒な事態に対処しなければならないのも、全部勇者なんていうふざけた職業に選ばれたからだ」
抑揚の欠けた声音で淡々と紡がれる言葉に、アーロンの眉間の皴が深くなっていく。
つまりは、あれか?先程から機嫌が悪いのは、寝不足が原因なのか?睡眠不足に感情が左右されるって…何処のガキだ!
「とっとと片付けて、俺は寝る」
そう心で突っ込むも、ザイの発する黒い感情にアーロンは引き攣った笑みを浮かべるしか術がなかったのだ。
*
【次へ】/【前へ】