囚われて…

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 聴覚の捉えた葉擦れの音に、薄暗い空間を黙々と進んでいた二人は足を止めた。ぴりぴりと肌を刺激する殺気に、背中合わせになったアーロが腰に佩いた剣をゆっくりと抜いていく。
 刃を真っ直ぐに構えた先で、竜人の姿を捉える。視線を巡らせれば、いつの間にか二人は数十人にも及ぶ竜人に囲まれていた。
「うわ…。至近距離の爬虫類って…何の冗談だよ」
 背中越しに響いてきた呟きに、アーロンは囁き声で問いかけた。
「ザイ。お前、あいつ等と闘ったんじゃなかったのか?」
「そんな事言ったか?」
「言っただろ!はっきりこの耳で聞いたって!」
「そんな昔の事など忘却の彼方に捨て去った」
 昔じゃねぇ!と叫ぶアーロンの耳元で空気が鳴る。一瞬後、深い森の薄闇を呻き声が乱した。
 それが合図だった。ザイとアーロンが漫才を繰り広げている間にもじりじりと距離を詰めていた竜人の集団が一斉に二人に襲い掛かった。
「お前達さえ現れなければ、今頃俺はふかふかのベッドで夢の世界に旅立っていたはずなんだ。俺の安眠を返しやがれ」
 どうやら、魔物に対する恐怖は怒りが掻き消しているようで。真紅の双眸が薄闇の中でも煌々と輝き、弓につがえられた矢が鱗と甲冑に身を包んだ竜人の唯一の弱点である喉を一寸の狂いもなく射抜いていく。
「どりゃあああああ!」
 雄叫びを上げて些か乱暴な太刀筋で繰り出されるアーロンの刃も、確実に竜人の数を減らしていった。
「あ―っはっはっはっは!見たか、俺の美技!ザイ、お前なんかに・・・・・うおぉ!?」
 自らの刃に倒れていく竜人の姿に、ザイを振り返って高笑いをしていたアーロンは、飛んできた矢を紙一重で交わした。
 薄闇を切り裂いて飛来した矢は、アーロンの耳元すれすれの所を通り過ぎ、彼の背後で剣を振り下ろそうとしていた竜人の喉を貫いた。
 声もなく、倒れ伏す竜人。その最後を見届ける事無く、注意深く真紅の双眸が周囲を見回す。闇に沈む樹海に佇むのが自分達二人だけである事を確認したザイは、新たにつがえた矢を筒に戻して弓を持つ右腕を下ろした。
「行くぞ、ア…」
「てめぇ!俺を殺す気か!」
 上着の裾を翻して歩き始めたザイの後頭部を、アーロンの渾身の一撃が直撃した。鈍い音がして、前のめりに倒れるのを何とかザイは踏みとどまった。
「ふざけんな!一瞬…一瞬反応が遅れてたら、お前の放った矢が俺の眉間に突き刺さってたぞッ!」
 アーロンの喚きが魔のイシュバラ樹海の闇を震わせる。
「・・・・・・・アン、お前なぁ…」
 痛む後頭部を押さえながら、背後を振り返ったザイは疲れたような溜め息を一つ。
「当たるか、馬鹿。俺の弓の腕をナメるな」
 額を指弾する事で怒り心頭のアーロンを軽くあしらい、ザイは今度こそ目的地へと向かって歩き始める。
「ザイ!お前…どんだけ俺を馬鹿にすればあああぁ〜!」
 指弾が思いの外痛かったのか、額を押さえて涙目のアーロンは絶叫を上げてザイに襲い掛かるも…。
「やかましい」
 ごん!と鈍い音を伴ってザイの右ストレートが見事額を直撃し、白目を剥いて倒れたアーロンの口から、魂が抜けていった。


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