太陽と月の奏でる場所で
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平淡な声音が、今まさにフェンスから飛び降りようとしていた彼の背にかけられた。
おもむろに彼が振り返ると、少し離れた場所に少年が一人立っていた。腕を組み、彼を見据えるその顔は明らかに不快を示している。
「何故人間は、感傷的なるとこうも極端な行動に出るのかな」
理解不明だとぼやく彼はどう見ても十五、六歳の少年なのに、その深緑の双眸の宿す輝きは、悠久の時を生きてきた者の輝きだった。
普通に考えれば異常なこの状況を、しかし悲しみに心を潰された彼は不審にも思わず、感情の失せた暗い瞳でそこに佇む少年を見つめた。
「…いきたかったと、言っていた。俺には、一緒に行くことも、生きていくことも出来ない。けれど、一緒に逝くことは出来る」
生きて、外の世界へ行くことが出来ないのならば。ならばせめて、淋しくないように。俺も、お前と共に逝こう。
彼の独白を、しかし少年はくだらないとでも言いたげに鼻で笑った。
「人はいずれ死ぬ。そのいつかが、彼女にとっては今日であっただけの話なのに」
「わかってるさッ!」
少年の言葉に、燃え尽きてしまったと思われた激情が彼の胸中を荒れ狂った。フェンスから屋上へと飛び降り、雨の中にも係わらず全く濡れていない少年の襟首を掴む。
「そんな事は、今更お前に言われなくても分かっている!彼女の命が残り僅かだという事も!あの約束が果たされない事も、全て!」
覚悟はしていた。いつか、彼女がここからいなくなってしまうという事実に。それでも、そのいつかは今日ではなく明日だと。明日ではなく明後日だと。そう願っていたのも、また事実で。
「頭と心は別のものだ!別れの時がいつ来てもおかしくないと頭では分かっていても、心が追いつくはずがないだろう!」
窓から見える世界しか知らない女性。絵を描くことが大好きな女性。大切で大切で、愛しい女性。
奪わないでくれと、ただ願う。その笑顔を。その、命を。
少年の襟首を掴んでいた手から力が抜ける。崩れるように、水溜りのコンクリートに膝をついた。枯れたはずの涙が彼の瞳から溢れ出る。嗚咽が洩れた。
泣き続ける彼を、少年は能面のような無感動な表情で見下ろす。長い長い沈黙を経て、やがれ彼は厳かに口を開いた。
「―――望みを、叶えて欲しいか?」
静かな問いかけ。
彼が顔を上げる。その頬を流れ落ちるのは、天から降ってくる雫か。それとも、彼自身の心が流す血か。
「一度鬼籍帳に名前を刻まれたならば、その運命を変える事は赦されない」
だが、と。少年は、恐ろしい程に冷めた声で、白刃の如き鋭さを宿した瞳で、彼を射抜いた。
「代償を払うというのならば、その願い、叶えてやろう」
どうする、と。少年は静かに問いかけてくる。
考えなくても、答えなど既に決まっている。
少年の深緑の双眸を真っ直ぐに見つめ、彼は答えた。
「俺は―――――」
*
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