太陽と月の奏でる場所で

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「主!」
 三方を高い本棚に囲まれた自室に足を踏み入れると、ラキが南側に置かれた机の前に立っていた。その右肩には見事な緋色の翼を持った鳥がとまっている。
 二対の瞳が、扉の前に立つ主へと向けられる。
 不審な輝きを宿して見つめてくる瞳を主は無表情で受け止めた。中途半端に開けたままであった扉を後ろ手で閉め、手に持っていた本を手近の本棚に戻す。
「主。何故、我は生きているのだ?」
 静かな問いかけに、しかし主は振り返らない。適当に本を手に取り、ページを捲る。
「理を曲げる為の代償は我が命。彼の方は意識を取り戻された。それなのに何故、我は今ここにいるのです?」
 問いを重ね、それでも彼は振り向かない。
「僕は何もしてないからね」
 主の言葉の意味が分からず、ラウとラキは共に怪訝そうな顔をする。
「僕は門を閉めていない。彼女の怪我は命に係わる程のものではなかったからね」
「まさか…」
 信号を無視して歩行者の群れに突っ込んできた車に撥ねられた彼女は、確かに死の淵を彷徨っていたのだ。魂を繋ぎ止める鎖が切れかかっている事を知ったからこそ、ラウは無我夢中で主へと助けを求めたのだから。
「ラウ。お前の早とちりだ」
 パタン!と本を閉じ、主は元あった場所へと戻す。
「伝言だ。゛私の愛する人を愛してくれてありがとう"」
 呆然としたていの従者二人を残し、主は部屋を出て行く。
 ラウはこうべを垂れた。その緋色の翼が微かに震える。兄の泣く姿を見ないようにと、ラキはただ、主の消えていった扉を見つめ続ける。




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