海を越えて
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今回の場合、仮に相手の力を凌駕する事が可能だったとしても、粉砕するだけの力の差は生じない。となれば、それは自殺行為だ。
「それだけの価値はない」
片手で本を閉じ、ぽっかりと空いた穴に戻す。そのまま広い室内を横切り、外に出た。
「魔術自体は解けなくても、せめて今よりは不細工に出来ないかと思ったが…無理ならば仕方がない」
今しばらくは落書きだけで我慢しておこうと、独り言を呟きながら海を渡ってきた商人や旅人で賑わう街中を歩いていたザイは、海に突き出た桟橋の先で何やら深刻そうな顔をして話し込む数人の船乗りの姿を見つけて足を止めた。潮風に煽られる絳髪を鬱陶しそうに払いながら、彼等に近付いていく。
「船長。何か問題でも?」
声を掛けながら歩いていけば、昨日顔を合わせた大柄の男は、困ったように眉を寄せた。
「あぁ、ザイか。実はな、海に魔物が出てな」
「魔物?」
船乗りの輪に加わりながら、いくつもの荒波を切り抜けてきた船長の口から発された不穏な単語にザイも眉を寄せる。
「昨晩から急に姿を現わしやがった。沖に出ようとすれば、巨大な影が水面に映り、一瞬にして船を呑み込んじまうって話だ」
「たった一日で、四隻もやられてる」
「船乗りの間じゃ、海の神様を怒らせちまったって朝から大騒ぎさ」
船長の言葉を補うように四方から飛ぶ説明に、ザイは腕を組んで眉間に刻んだ皴をより深いものにする。
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