海を越えて
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「おい…こんな小舟じゃ、魔物が出て来る前に沈没するんじゃないのか?」
ギーコギーコと、まるで本職の船頭のように櫓を漕ぐアーロンの顔は少し赤い。
それは、ザイに描かれた顔一杯の落書きを必死になって消した名残だった。
「私も少し心配はしているのですが、船長さん達は海に出るのは絶対にいやだとおっしゃるものですから…
しかし、アーロンさんの腕前はたいしたものですね。
なぜ、そんなに舟を漕ぐのがお上手なのですか?」
「そんなの俺も知らねぇよ。
っていうか、なんで俺ばっかりが漕いでるんだ?」
「そりゃあ、おまえが一番舟を漕ぐのがうまいからだろう。
人間、なにか一つくらいは取り柄があるもんなんだな。」
そう呟くザイは、青い空を見上げながら小舟の真ん中に寝転んでいた。
海は凪ぎ、大きな波一つ見えない。
「本当に魔物なんか出るのか?
この様子じゃ、このまま、何事もなくシュリアに着いちまうんじゃないか?」
アーロンのその言葉を何者かが聞いていたかのような絶妙のタイミングで、海面に黒いものがじわじわと広がり始める。
それは、あっという間にあたり一面に広がった。
アーロン達の乗る小さな舟とは比較にならないほどの巨大な影だ。
「……ついに来やがったか…!」
先程までのんびりと寝転んでいたザイも立ちあがり、リシャールは愛用の剣を両手で構える。
やがて、黒い巨大な影の中央にぶくぶくと不気味な泡が立ち上り、次の瞬間、大きな水音と水飛沫を上げ、巨大なものが水中からその姿を現した。
「で、で、でけぇ!!」
太陽の光さえも遮るそれは、半透明の身体に幾本もの長い足を纏わりつかせた巨大なイカだった。
あまりの大きさに三人は動きを止め、口を開けて巨大イカをみつめるばかりだ。
「こ、これは…」
「ほら、見ろ。
こんなのが相手じゃ、あんたの剣でも奴の足一本さえ切り落とせないぞ。
俺の魔法でも無理だ。
全魔力を一気に放出したとしても、気絶さえさせられないぞ。
あんたが、簡単に魔物退治に行こうなんて言うから、こんなことになったんだぞ!」
こんな状況下で、そんなことを言って何がどうなるというのか…
ザイの的外れな非難に答えることもなく、リシャールはただただ巨大イカの動向をみつめていた。
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