海を越えて
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巨大イカは吊りあがった目をぎらつかせながら、吸盤のついた長い足を高く差し上げた。
あの足で一撃されたら、こんな小舟は一瞬で木っ端微塵になるということは頭の悪いアーーロンにも十分わかった。
リシャールは跪き、両手を組んでヴェーラヘ祈りの言葉を綴る。
ザイは固く目を瞑り、その場にしゃがみこんだ。
「畜生〜!
せっかくこれからはモテモテの人生が待ってると思ってたのにーーーー!」
巨大イカに向かって大袈裟に嘆くアーロンの顔に、太陽の光が差し込んだ。
その瞬間、今にも振り下ろされようとしていた巨大イカの動きがぴたりと停まる…
「……ん?」
いまだ粉々にならない小舟を不審に感じ、ザイは薄目を開けてあたりの様子をうかがった。
巨大イカは、足を振り上げたままの状態で動きを止めており、その身体はうっすらと赤く色付いていた。
「ユヒト殿…あの魔物はどうしたのでしょう?」
「さっきとは色が変わってるな。
一体、何をしでかすつもりだ?!」
不気味な緊張感がその場に流れる…
『……これ、そこの人間…』
「えっ…!?」
三人は不意に耳に届いた聞き覚えのない声にあたりを見回す。
「今、何か聞こえなかったか?」
「聞こえましたよ。」
「なんだ、なんだ?」
声は確かに三人の元に届いていたが、その声の主が見当たらないのだ。
『……そこの黒いローブの人間よ…
名はなんという…?』
またも聞こえた謎の声に、三人は再び同じ動作を繰り返す。
「黒いローブったら、おまえだ!
アーロン、誰かがおまえに話しかけてるぞ!」
「な、な、なんで俺なんだよ!
それに、こんなとこで一体誰が…」
「もしかしたら…」
リシャールが恐る恐る巨大イカの方を指差した。
「な、なにぃ…!?」
アーロンが巨大イカを見上げると、巨大イカの身体がさらに赤くなっていく。
「と、とにかく答えろよ!」
「えっ!や、やだよ。
俺、怖いよ。」
「こいつの名はアーロンです。
獅子座のB型です!」
「あーーーーーっ!ザイ!この野郎!!」
勝手にアーロンのプロフィールを紹介するザイに、アーロンが掴みかかる。
『獅子座のB型…』
ぽつりと呟く巨大イカのとろけるような瞳を見て、ザイは確信した。
巨大イカがアーロンのことを気に入っているということを…
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